SVリーグ・東レアローズ滋賀のルーキー結束美南。小学生時代は「お菓子」を目当てに始めたバレーだったが、中学での恩師との出会いや高校時代の「美爆音」に支えられた春高出場を経て、夢の舞台へ辿り着いた。髪型やネイルなどの自分らしさを大切にしながら、「バレーを職業にできる幸せ」を噛みしめる彼女。苦境にあるチームの中でも前向きさを失わず、新時代の女子バレー像を切り拓こうとする若きエースの軌跡と信念に迫る。

強心臓の持ち主だ。
高校を卒業してから、結束美南は学生時代にできなかったオシャレに目覚めた。短かった髪を伸ばし、爪はネイルサロンで施したジェルネイルで彩る。ジャンプサーブのトスを上げる際、ふと自分の爪に目が行った。
「あ、爪かわいい、って思ったらテンションが上がって。そのままサービスエース、とっちゃいました(笑)」
ルーキーイヤーの今季、出場機会は着実に増やしているが、チーム自体は苦戦が続く。後半戦に差し掛かる中、1つでも順位を上げるためには勝ち続けなければならない、と余分な気負いが生じてもおかしくない状況だが、結束は前のめりで、目を輝かせながら言い切った。 「楽しいです。もちろん勝ちたいし、結果が求められる世界ではありますけど、でもバレーボール選手として生きていけること自体がすごいこと。だから、こうして毎日バレーボールができていることが嬉しいし、楽しいんです」
どんな時でも、常に前向き。だがバレーボール人生の始まりは、まるで逆。
「小学2年生の時に友達から誘われたんですけど、最初は前向きどころかあまりやりたくなかった。お菓子がもらえるから、っていう理由で始めました」
最初は家の近くにあるクラブに入ったが、千葉県内でも有数の強豪クラブへ転部した。通うだけで片道1時間、しかも強いだけでなく練習は厳しい。千葉県内だけでなく関東大会でも優勝と好成績を残したが、当時はバレーボールの楽しさを見出せずにいた。
「すごく厳しかったので、毎日怒られないように、ミスをしないように、ということばっかり考えていました。辞めたいと思ったこともあるんですけど、でも練習へ行く私をお父さんやお母さんが送り迎えしてくれて、土日も朝早く起きて試合の応援にも来てくれて、夜遅くまでユニフォームや練習着を洗濯してくれる。それだけサポートしてもらっているのに『辞めたい』とは言えませんでした」

楽しくなり始めたのは、中学に入ってから。地元の中学ではなく中高一貫で強化を目指す学校のバレー部1期生として誘われ、八千代松陰中を受験して入学した。顧問の先生はバレーボールが大好きで、指導力にも長けていた。加えて、同時期に身長も20センチ近く伸び、一気に世界が変わった、と笑う。
「小学生の時はジャンプ力もないから、ネットのギリギリ上から打つだけだったんですけど、中学に入ってからはジャンプ力もついたし、身長も伸びたので真下に打てるのが楽しくて。練習から真下にバコバコ打って、楽しい~、って思っていました(笑)」
コースの打ち分けや、インナーへの打ち方。勝つことだけを求められるのではなく、中学では細かな技術も1つひとつ丁寧に教えてもらった。うまくなるため、新しいことができるようになるために練習をしているのだから、とミスをしても怒られることはない。バレーボールよりも学校生活でやんちゃな行動をすれば叱られたが、バレーボールは伸び伸びとそれぞれの長所を伸ばしてくれる。2年生になるとコロナ禍で全体練習ができない期間もあったが、一度覚えた楽しさは途絶えることなく、近所の公園で壁を使って1人で練習したり、母と2人でパス練習をしながらもどうすればうまくなれるか。新しいことをできるようになるかと考えるうち、自主性も育まれた。
そうなれば自然に、小学生の頃にはなかなか抱くことのできなかった「バレーボール選手になりたい」という夢も芽生える。ただ、現実的に考えたら自分には難しいだろうとも考えていた。 「同じ小学校の先輩で、すごくうまかった人は中学から東京の学校に声をかけてもらって、中高一貫でうまくなっていくのを見ていたので、私はここ地元にいる時点でバレーボール選手になるのは難しいだろうな、と。だから私は高校までの選手なんだろうな、って思っていました」
その予想は外れた。しかもいい意味で。今へとつながる転機が、高校時代に訪れた。

うわーすごい、本物だ。
憧れのオレンジコート。初めて春高に出場したのは2年生の時だった。テレビで見た、タラフレックスが敷かれたコートと、スタンドを見渡せば今まで見たこともないほど大勢の観客がいる。その中でどの学校の応援団よりも存在感を発揮していたのが、習志野高のブラスバンド部、“美爆音”で知られる演奏が、自分たちのために背中を押してくれる。
「迫力がすごくて。あの美爆音の中でプレーできたことは、一生の思い出です」
そもそもなぜ、中高一貫の八千代松陰高から習志野高へ進んだのか。最初の転機は、中学3年時のJOCジュニアオリンピックカップで千葉選抜に選ばれたことだ。それまではごく当たり前のこととして、中学を卒業したらそのまま八千代松陰高へ進学しようと思っていた。だが結束が高校に上がるタイミングで、顧問の異動が決まった。この先も見続けてほしいと思っていた先生がいなくなって、これからどうしよう、というタイミングで選抜メンバーに入り、そうなれば選択肢はさらに広がる。千葉県内の上位校から声がかかった中、最も魅力的に感じたのが習志野高だった。そしてその選択は、結果的に大正解だった。
バレーボール部だけでなくスポーツが盛んな習志野高は部活の時間も長い。小学生の頃と同様に、県内でトップクラスのクラブで厳しさはあったが、基本の考えは“練習は厳しくても試合は楽しむ”こと。2年時からエースとして攻撃の大半を担ってきた結束にとって、最も大きな武器を磨いたのも高校時代だ。
スパイク練習の1つに、3人が1グループになってコートへ入り、1人3本、ランダムにスパイクを打つ。ネットにかけたり、ラインを割ったらもう一度始めから。アタックのコントロール技術を育む練習で、結束だけが前衛からのスパイクではなくバックアタックで入れ、と命じられた。 「その練習自体はめちゃくちゃきついから嫌なんです。しかも私だけセンター、ライト、レフト、全部バックアタックで打つ。9本決まるまで打ち続けるということは、跳び続けるということで、めっちゃ疲れます。でもその時にいっぱいバックアタックを打ったから、今では得意なプレーだし、一番好きです」
まめに映像を見て研究するタイプではないが、何気なく見た動画で東レアローズ(現・東レアローズ滋賀)のOGで、元日本代表の迫田さおりさんのバックアタックに魅了された。
「スピードも速いし、すごいコースに何本も打っているのを見て、この人みたいになりたい、って初めて思いました」
憧れの存在にも出会い、170センチの小さな大エースは春高でも躍動した。その攻撃力を評価され、3年生になると、U18日本代表にも選出された。U18アジア選手権の時期とインターハイ予選の時期が重なっていたが「せっかく選ばれたのだからU18で世界を経験して、春高予選でチームを勝たせたい」と監督に直談判すると、受け入れてくれた。9連覇がかかったアジア選手権は準優勝、初めて日本代表として戦う中で、意識も技術も1つずつもっとこだわって、考えなければ戦えないということも痛感した。
結束を欠いた中で戦ったインターハイは出場が叶わなかったが、最後の春高は逆転勝利で2年連続出場。そして、中学生の時は「自分には無理」と思っていたバレーボール選手になることが、夢ではなく現実になった。
複数のクラブから声がかかり、実際に話を聞く機会にも恵まれた。多くのクラブがスカウトを担当するスタッフやGMが来校したが、東レ滋賀だけGMに加えて監督も同行した。それだけでも驚いたが、去り際にかけられた言葉は結束をさらに驚かせるものであると同時に「それが東レ(滋賀)へ行こう、という決め手になった」と振り返る。
「チームの状況や、私に何を求めているかということ、いろいろお話ししてもらった最後、帰り際に越谷(監督)さんから『たくさん打っているから、肩のトレーニングはちゃんとしたほうがいいよ』と言われて、実際にトレーニングを教えてもらったんです。わざわざ来てくれるだけでもびっくりしたし、まだ私が行くかどうかもわからないのに『これをやるといいよ』と教えてくれる。このクラブに行きたいな、ってその時思いました」

年齢も経験も異なる選手が揃うプロの世界。試合に出れば出る中での悩みや壁にぶつかり、出られなければ違う悩みが生じる。勝てば克服できる課題も、負けが続くと負の連鎖が続き、「これでいいのか」と迷うことも多くあるが、それでも次に向けて頑張ろうと思える。結束は、それも「バレーボールだからこその楽しさ」と噛みしめる。
「自分も自分でうまくいかなくて悩んでいたんですけど、チームもなかなか結果が出なくて、みんなそれぞれ悩んだり苦しんだりしている。苦しいのは自分だけじゃないんだ、と思ったし、だからこそチームが勝つために、それぞれが置かれた状況で役割を果たすだけ。みんなが憧れる職業に就けた楽しさも大事にしよう、って思うから、苦しいばっかりじゃなく楽しいんです」
人気や注目度は男子が勝るが、女子バレーは女子バレーの楽しさもある。
「ラリーの中で『こんなところにいたの?』と思わせるような守備力も女子ならではの魅力だと思うんです。もっといろんな人に見てほしいし、憧れられるように、いろんなことを変えたい。たとえば見た目だって、女子バレーの風習で高校生までは髪は短いのが当たり前、みたいな考え方ですけど、髪の毛が長くてもスパイクは決められるし、ネイルしていてもサービスエースは取れる。そういうところも、SVリーグからちょっとずつ、高校生にもつなげていけたらいいですよね」
「ネイルかわいい」と、ちょっと気分を上げながら放つサーブで、これからへとつながる、明るい未来も切り拓いていく。

Text by Yuko Tanaka
Photograph by Kohei Komatsu
