大阪マーヴェラスで13シーズン目を迎えた田中瑞稀。SVリーグ初代女王の主将を務め、その勝負強さと多彩な技でチームを牽引する。伝説の春高バレー決勝から始まったバレー人生は、プレミアリーグ降格と昇格、日本一の歓喜と完敗の悔しさを経験する激動の日々だった。それでも「まだまだいけるんじゃない?」と成長を楽しみ、SVリーグでの新たな挑戦と、下の世代への継承に燃える。田中瑞稀の「圧倒的にカッコいい」芯の部分に迫る。(取材日/7月10日)
数字に現れない存在感。13年目の田中瑞稀が語る過去と未来
この人に上げれば、絶対決まる。数字には現れない存在感と勝負強さ。味方でいればこれほど心強く、相手になればこれほど嫌な相手はいない。
「監督のダイ(酒井大祐)さんからも言われます。『瑞稀は常に“田中瑞稀”でいてくれればいいから』って(笑)。ありがたいことですよね」
今季(2026-27シーズン)で13シーズン目を迎えた田中瑞稀は、昨季(2025-26シーズン)まで大阪マーヴェラスで主将を務め、SVリーグの初代女王としてトロフィーを高く掲げた。昨季はCHAMPIONSHIP FinalsでSAGA久光スプリングスに敗れたが、相手ブロックの隙間を狙ったスパイクや、わずかなスペースに落とすフェイント。軟打や空いたコースを抜かせないようにとブロックを締めてきたら、してやったりとばかりに今度はそのブロックにボールを当て、はるか後方まで弾き飛ばす。
田中瑞稀のスパイクとは? とAIに尋ねたら、どれほどでも出てくるのではないかと思わせるような技の多さに加え、この1点は逃してはいけない、という場面で獲り切る勝負勘は抜群だ。
VリーグやSVリーグで見せてきた姿を語るだけでも、いくらでも“あの田中瑞稀”は出てくるが、多くの人の脳裏に焼き付く、伝説とも言うべき試合がある。田中瑞稀の名前を広く知らしめたのは、2014年1月、田中が九州文化学園高校のエースとして出場した最後の春高バレー決勝だ。
同じ九州の東九州龍谷高校との決勝戦、先に2セットを先取したのは東九州龍谷だった。誰もが東九州龍谷の勝利を確信する中、第3セットから爆発を超えて大爆発したのが田中だ。前衛、後衛、ポジションを問わず打てば決まる。まさに無双、勝負を決する砦で相手を蹴散らす大魔王のごとく、ひたすら打ち、決め続けた田中の活躍で3、4セットを制し、フルセットへ。まさに死闘とも言うべき戦いを制し、優勝を決めた1本も田中のバックアタック。この試合だけで115本のスパイクを打ち、49得点をたたき出す大活躍でまさに大会の主役となっただけでなく、あれから12年が過ぎた今も語り継がれる名勝負だ。
当時を回顧し、照れくさそうに田中が笑う。
「打って、決めたのがたまたま私でしたけど、私だけじゃなくみんなが自分のやるべき役割を全うしたからあの試合ができたし勝てた。みんながすごかったです」
バレー人生をグラフで示すなら、おそらくあの時が絶頂期。そう振り返る春高優勝からVリーグへ。そこからが激動の日々の始まりだった。

夢のVリーグ入団。即出場と直面した降格の試練
高校卒業と同時に、田中はJTマーヴェラス(現・大阪マーヴェラス)へ入団した。バレーボールを始めた小学生の頃から、卒業文集には「バレーボール選手になりたい」と将来の夢を綴っていたが、日本一を目指し、叶えた高校時代もどうすればバレー選手になれるのか。そもそもどんな選手がいて、チームがあるのかはほとんど理解していなかった。
「合宿に行くことが多かった東レ(現・東レ滋賀)はわかるし、日本代表で活躍していた(木村)沙織さんももちろんわかる。でも他のチームはほとんどわからなかったし、JTのことも正直誰がいるのかよくわかっていませんでした」
しかも田中が加入するシーズン、JTは苦戦を強いられていた。連敗も続き、起爆剤が欲しい。合流直後どころか、合流したその日に「試合に出て」と告げられる。右も左もわからず、周りの選手の名前もわからない。ただただがむしゃらに、必死でやるしかなかったと笑う。
「高校生の自分がすぐに出なきゃいけないぐらい大変な状況なんだ、というのは何となくわかりました。でも私も自分のことで精いっぱい。自分が出ることによって、少しでもチームがいい方向へ進めたら、と思って一生懸命やっていました」
だが、レギュラーシーズンの結果は8チーム中7位。当時のプレミアリーグ下位2チームとチャレンジリーグ上位2チームによる入れ替え戦(チャレンジマッチ)に臨んだが、JTはチャレンジリーグ2位の上尾メディックス(現・埼玉上尾メディックス)に連敗を喫し、降格が決まった。
泣き崩れる先輩たちの姿を見ても、当時は負けたという事実に「悔しい」と思うぐらいで、その2戦がどれほど重要だったか。勝てば、負ければどうなるのかも理解できていない。その意味を理解したのはチャレンジリーグで迎えた次のシーズンが始まってからだった。
「対戦相手とは明らかにレベルが違っていた。私はここで戦うために入ってきたつもりじゃなかったのに、とは正直思いました。でも私だけじゃなく、チームみんなが同じように思っていたし、チャレンジ(リーグ)の中では断トツに勝っていたので、そのまま入れ替え戦に行ってプレミアに戻る。『いつまでもここにいる場合じゃないよね』という空気は常にありました」

意識改革で勝ち取った昇格。「高い壁を打ち破る」楽しさ
降格が大変なことであるように、昇格もまた簡単なことではない。翌年もチャレンジマッチで敗れ、再びチャレンジリーグでのシーズンが始まる。チームの新たなスタートを迎えたのは、2015年5月に吉原知子HC(=ヘッドコーチ)が就任してから。現役時代は、日本代表でも主将を務め、自らの経験も重ね選手やチームの意識改革に全力で取り組む。就任直後のシーズンに上尾にリベンジする形で昇格を果たすまでの過程を振り返れば「エピソードが多すぎて語り切れない」と笑うが、入れ替え戦を迎える時点で意識の持ち方は確実に違った、と田中が述懐する。
「早く試合がしたいと思っていました。絶対行ける、という自信しかなかったから、楽しみだった。やっぱり、たとえ負けたとしても強い相手と戦うほうが絶対に楽しいんですよ。低い壁を越えるんじゃなく、高い壁を越えて、打ち破る。そういう時のほうが、自分も知らなかった自分の力が出る感覚があって、すごく楽しい。昇格してから、改めてその楽しさに気づきました」
連覇も含めた日本一を何度も味わい、頂点に立つ喜びも味わったが、頭によぎるのはいいことばかりではない。昇格初年度に最終戦をフルセットで勝利して、先輩たちが号泣していたこと。自身初の決勝で久光スプリングス(現:SAGA久光スプリングス)にボコボコに負けたこと。皇后杯、Vリーグ決勝で古賀紗理那に「全く手が付けられないぐらい無双された」完敗の記憶。
視野が広がった今。「まだまだやめられない」バレーの面白さ
13年目のシーズンを迎える現役生活はまさに激動、山あり谷ありの日々ではあるが、だからこそ今、新たに芽生えた感情もある。
「やっぱりバレーボールが好きだし面白い。年々自分がやれることが増えたり、成長がわかると『私、まだまだいけるんじゃない?』と思うし、そうなるとやめられない(笑)。若い頃は力でねじ伏せるだけだったけど、今は視野も広がって見えるものや、できることが増えて余裕を持ってプレーができる。だからいつ出ても自分の仕事をするのが私の役割だと思うし、“ポジション・田中瑞稀”であり続けたい。同じチームも下の世代の子たちが増えましたけど、まだこの子たちのサポートに回ろうかな、と思う以上に負ける気がしない(笑)。それも大きいかもしれませんね」

SVリーグでの挑戦。外国籍選手と戦う「芯」と若手への継承
降格も昇格も、優勝も負ける悔しさも経験し、選手として田中が一回りも二回りも成長を遂げている間、VリーグもSVリーグに変わり、試合形式や地域との関係性、選手に求められること、さまざまなことが急激な変化を遂げ「認知度も上がっているのを感じる」と言いながらも、スポーツに限らずさまざまなエンターテイメントが集結するこの大阪で、より知名度を高め、地元の応援を得る難しさも実感している。
「今、いろいろなチームのホームゲームの雰囲気を見ていても、佐賀(SAGA久光スプリングス)とかアランマーレ(アランマーレ山形)とか、すごく地域に根付いているのを感じるし、NEC(NECレッドロケッツ川崎)のホームゲームも本当に会場が真っ赤で圧倒される。ただバレーボールをしていればいいという大きな軸から、1人の選手としてどうやったら多くの人に応援してもらえるか。ファンを増やすためにどうしたらいいか。チームを知ってもらうために何ができるか。まだうまくいかないことや、結果につながらないことのほうが多いですけど、試行錯誤しながら頑張っている途中です」
とはいえホームゲームは初年度より確実に観客の数は増えた。ホームでは背を押す声に力をもらう一方、アウェーでは相手の応援が多ければ多いほど燃える。それが田中瑞稀の強さでもある。
「ホームだと本当に背中を押してもらっている感じがあるし、一緒に戦っている空気感がある。でも逆に、それこそとどろきでの(チャンピオンシップ:NECレッドロケッツ川崎戦)セミファイナルの時はスタンドが真っ赤。『うわー、うちら応援されてないわ』って思うから、『よし頑張ろ、負けさせてやる』と燃えるんです(笑)」
今季からは外国籍選手の数も増え(オンザコート2→3)、男女ともに世界のトップ選手たちがSVリーグに集う。それが集客に直結するわけではないが、レベルアップするのは明らかで、セッターやリベロ、これまで以上に多くのポジションで外国籍選手が名を連ねる。その中で、1人の選手としてどう戦うか。
「身長としての高さでは絶対に勝てないけど、それ以外のプレーやその選手にはできないことを磨くしかない。そうじゃないと生き残っていけない世界だし、チームに必要ではなくなるので。誰が来ようと、自分よりいい選手が来ようと、そこは自分の芯として持ち続けたいです」
その強さに、若手選手たちはまた羨望の眼差しを注ぐが、ただ受け入れて満足するだけではない。いやいや違うだろ、と苦言を呈するのも田中らしい。
「私がいることでチームの安心材料になればいいなと思うし、憧れてもらえるのは嬉しいですよ。でも『ミキ(田中の愛称)さんすごーい』で終わらせるのではなく、盗めるものは盗めよと思うし、実際(福村)心優美にはめっちゃ言います。『すごいじゃなくてコユミがやれ』って(笑)。すごいものを持っている選手だからこそ、私が『このままじゃヤバい』とピリつくぐらいもっともっと成長してほしい。それだけの幅があると思っているので、自分で枠を決めてほしくないです」
そんな彼女が見据えるのは、自らのプレーの先にあるSVリーグの未来だ。
近年高まるバレーボール人気に、「男子や代表だけでなくリーグ全体に広がって、みんなが気軽に会場へ来れるようになってほしいし、野球やサッカーに並んで、テレビで取り上げられるぐらいのリーグになりたい」田中自身が幼い頃、テレビでバレーボールを見ていたように、バレーボールを誰もが愛する身近なスポーツにするために。
背中で示し、言葉で伝える。やはり、田中瑞稀は圧倒的にカッコいい。

Text by Yuko Tanaka
Photograph by Itaru Chiba
