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「自分だけのバレーボール人生じゃない」日本代表での覚悟と移籍を経て、日鉄堺BZで新たな挑戦へ―― 高梨健太
「自分だけのバレーボール人生じゃない」日本代表での覚悟と移籍を経て、日鉄堺BZで新たな挑戦へ―― 高梨健太
インタビュー

「自分だけのバレーボール人生じゃない」日本代表での覚悟と移籍を経て、日鉄堺BZで新たな挑戦へ―― 高梨健太

2026.09.04
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 ウルフドックス名古屋で7年間プレーし、2025-26シーズン日本製鉄堺ブレイザーズへ移籍した高梨健太。引退を考えたこともあったというが、大学や代表での出会いが意識を変えた。東京オリンピックでは落選した仲間の思いを背負い「自分だけのバレーボール人生じゃない」と強い覚悟を深め、出場機会を求めて決断した新天地・日鉄堺で、さらなる進化を目指す。29歳となった今、積み重ねた経験を力に変えてチームを牽引する高梨の挑戦の軌跡に迫る。(取材日/7月24日)

WD名古屋から堺へ。高校で区切りをつけるつもりだったバレーボール人生

 ウルフドッグス名古屋で7年間プレーし、2025-26シーズンから日本製鉄堺ブレイザーズに移籍した高梨健太。
自身のターニングポイントは大学時代にあったと振り返る。
「大学2年生のときからアンダーカテゴリーの日本代表に選ばれるようになって、合宿や試合を通じて『もっと上を目指したい』と思うようになりました。意識が変わるきっかけになったのではないかと思います」
 高梨がバレーボールを始めたのは小学校6年生のとき。二人の兄の影響だった。
「兄の練習や大会について行くうちにバレーを見る機会が自然と増えました。自分もやってみたいなと思ったのがきっかけです」
 幼い頃から外で遊ぶことが好きだった。流行りのゲームには目もくれず、公園で缶蹴りや鬼ごっこに夢中になる子供だった。
 中学では学校のバレーボール部に所属。その後、「兄が通っていたから」という理由で山形城北高校に進学を決めた。
「当時は高校3年間、部活動をしてそのあとはバレーボールはやめるつもりだったので、就職に強いということもあって山形城北高校に決めました。実際、中学のときにはJOC(ジュニアオリンピックカップ)の県代表にも選ばれていなくて、いわゆる強豪校からは誘われなかったです」

代表合宿での衝撃。「もっとうまくなりたい」と芽生えた強い向上心

 高校時代で区切りをつけるつもりだった高梨だったが、思わぬ形で大学でもバレーボールを続けることとなる。
「高校の時はVリーグの存在は知っていましたけど、大学バレーの知識がほとんどなくて、リーグがあることや、どこが強いかなども全く知りませんでした。でも高校2年生のときにドリームマッチに選ばれて、その合宿と試合を見た日本体育大学の山本健之監督が高校まで赴いて『うちに進学しませんか』と誘ってくださったんです」
 手渡されたDVDに録画されていた試合を見て、そこで初めて「大学のリーグってすごいんだな」と驚いたという。
 その後、アンダーカテゴリーの代表合宿に呼ばれ、世界が一変した。
「うまい選手が大勢いて、すごく楽しかったんですよね。自分もこんなプレーがしたいとか、こういうプレーができる選手になりたいと強く思いました」
 そのときの代表合宿には小野寺太志(サントリーサンバーズ大阪)や大竹壱青(東京グレートベアーズ)など、高校時代から全国大会で結果を残してきた顔触れがそろっていた。
「そういう人たちと一緒に練習することができてワクワクしましたし、大学に戻ってからもその気持ちは変わらず、もっとうまくなるためにはどうしたらいいかと考えて練習するようになったと思います」
 当時、日本体育大学の2学年上には現在、日本代表で活躍するリベロの山本智大(大阪ブルテオン)も在籍していた。そういった先輩たちに教えてもらいながら、徐々に技術が向上していく過程で、それまでより一層、バレーボールが楽しくなったと振り返る。

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「自分だけのバレーボール人生じゃない」。東京オリンピックで背負った仲間の思い

 その後、高梨はアンダーカテゴリーから日本代表に選出されるようになるのだが、日本代表での活動のなかで最も印象的な出来事を聞くと、東京オリンピックでの経験を真っ先に挙げる。
「選ばれたばかりの頃は、日の丸をつけて戦う重みと、一方でワクワクする気持ちもあって、すごく感情が忙しかったですね。日本で開催される国際試合は何回か見に行ったことがありましたが、外から見ていてもその重圧は感じましたし、実際に自分が入ってみても同じでした。やはり『中途半端な気持ちでは挑めないな』という思いでした」
 常に冷静に、淡々と自分の仕事をこなすプレースタイルが印象的な高梨だが、「試合中は平静を装っていますけど、内心は心臓がバクバクでした」と笑う。それほど、代表戦で戦うときには、通常とは違う精神状態で臨んでいた。
 なかでも、今でも鮮明な記憶として残っているのが2021年、東京でオリンピックが開催されたときの経験だ。
 高梨が初めて日本代表に招集されたのが2020年度。
「代表活動は途中で終わってしまったんです。合宿がスタートしてすぐに、新型コロナウイルス感染症の流行で、合宿をやめなければいけなくなりました。『合宿を続けられないかもしれない』という噂が回ってきた次の日に、全国的に緊急事態宣言が決まり、バタバタとNTC(味の素ナショナルトレーニングセンター)を出ることになりました」
 クラブに戻ったものの、練習はできず、活動休止を強いられた。
「1年、オリンピックが延期になりましたけど、僕は初めての代表合宿だったのであまり動揺はありませんでした。そんな僕よりも、もっと前から東京オリンピックのために準備をしてきた選手のほうが大変だったと思いますね」
 オリンピックが延期となったことで、少なからず影響を受けた者もいた。
「前回のオリンピックが終わってから4年間かけて準備をしてきた人たちにとっては、おそらく1年の延期というのは相当な変化。気持ちを立て直すのが大変だったのではないかと思います。そしてオリンピックというのは、どんなに選ばれたいと思っていても、選ばれない人がいる大会なのだと痛感しました。選ばれなかった選手の姿を僕は間近で見てきたので、そういう人への思いを僕なりに考えて臨んだオリンピックでした」
 最終選考の結果は代表候補選手全員の前で発表された。それまでVNLなどの国際大会をともに戦ってきた選手のなかから、12名だけが名前を呼ばれる。
「VNLにも帯同していた選手、特に福澤達哉さん(元パナソニック パンサーズ)はオリンピックへの思いが人一倍強いことは知っていました。選ばれなかったという事実を知った直後の、福澤さんの姿を見るのは本当につらかったですね。自分がメンバー争いに残ったのは事実なのですが、中途半端な気持ちでオリンピックに臨んでは絶対にいけないんだと改めて思いました」
 あのときほど自分以外の選手の気持ちに思いを馳せた経験はなかった。「何も言葉はかけられなかった」と当時を振り返る。
「心の底から『その人たちの分もがんばろう』と思いましたし、そういう人の思いも背負っている、自分だけのバレーボール人生じゃないんだという風に思うようになった大会でした」

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出場機会を求め新天地へ。サポーターとの近い距離感が与える新しい刺激

 2021年に開催された東京オリンピックで、日本代表は準決勝進出こそならなかったものの29年ぶりとなるベスト8進出という快進撃を見せ、強豪国とも対等に渡り合った。
「僕自身にとっても『もっと強くなりたい』と思える大会でした。ここからさらに強くなるためにはどうしたらいいかと深く考えた時期でしたね。それまでは、言い方が難しいのですが『大好きなバレーボールができれば幸せ』という感覚で、あまり先のことを考えていなかった。でもオリンピックを経験してから、自分がどういう選手になりたいのか。どうやってうまくなっていくのか、より細かく考えるようになったと思います」
 高梨は2022年にプロバレーボール選手となり、2025年5月には大学卒業以来、長く在籍していたウルフドッグス名古屋から日本製鉄堺ブレイザーズへの移籍を決意した。
「理由のひとつは、名古屋での最後のシーズンはプレー時間が少なかったので、試合に出たいという思いからでした。試合に出て得られるものはとても多くて、僕はそれを大切にしたかったからです」
 VリーグからSVリーグへと変わり、外国籍選手の登録人数とともに変わったのが移籍の活発化だ。高梨のように出番を求め、他のチームに移籍する選手は以前に比べ圧倒的に増えた。
「違う環境で、今までにない刺激を感じています。ブレイザーズのサポーターの方はとてもチームに近い印象です。練習見学の際にサポーターの方とお話をする機会があるのですが、そういうことも積極的に行っているチームだなと思います。ブレイザーズに来て、サポーターの方との関わり方も、距離感も自分のなかではかなり変わったと感じています。緊張せず、リラックスしてサポーターの方と接することができるようになりましたね」

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サーブ強化と攻守の安定。29歳が堺で果たすチーム牽引の役割

 10月に開幕を控える2026-27シーズンのSVリーグでは、どのようなプレーを見せてくれるのか。
「チーム全体では、ひとつはサーブの練習に力を入れています。同時に、スパイクの効果を上げること。なかでもリバウンドを取ってからの攻撃に関しては徹底して練習しています。個人的にはやはりサーブの強化が課題です。サーブの重要性については近年、特に実感しますね。サーブでポイントが取れるかが非常に大きく勝敗に関わってきますから」
 自身も移籍を経験し、新たな環境に身を投じたが、これからのSVリーグには希望を見出している。
「これから日本のリーグが世界のトップリーグになっていくことを僕も望んでいますし、僕自身は攻守で安定して、ミスの少ない選手を目指してこれからも練習していくだけです」
 今年29歳。さまざまな経験を積み、それを若い選手に還元していくのも高梨の果たすべき役割だ。新天地での覚悟を胸に、チームを前へと牽引していく。

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Text by Shinobu Ichikawa

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