「クインシーズ刈谷」は「アリーザ愛知」として新たなスタートを切った。そこで笠井季璃は、組織全体が変化し挑戦する姿勢を感じながら、ゼロからブランドを立ち上げる一員として貢献していく決意を抱く。小学生の頃に恩師から受けた言葉をきっかけにバレーに熱中し、U18アジア選手権制覇を主将として経験。春高バレーでは個性豊かなチームで31年ぶりの3位へと貢献。プロとしての意識を高め、憧れられる存在となり地域に愛され日本一を目指す。
真新しいチームで誓う挑戦。オポジットも経験し「チームの得点源」へ
真新しい“アリーザパープル”のTシャツに、ショートカットが映える。
「チーム名が変わると聞いて、最初はびっくりしました。クインシーズからアリーザ、全く違う名前になったからこそ、組織全体として変化して挑戦しようとしているのも伝わってきた。ゼロからブランドを立ち上げる中にいる1人として、頑張らなきゃ、ってすごく思いました」
今年7月1日から「クインシーズ刈谷」は「アリーザ愛知」として新たなスタートを切った。入団から3シーズン目を迎えた笠井季璃は、昨季、アウトサイドヒッターとしてレフトサイドに入るだけでなく、オポジットにも入り、出場機会を増やした。試合に出たからこそ得られた課題の1つとして「点を取ること」を今季の目標に掲げ、重点的に取り組んでいるという。
「この間(シーズンが)終わったと思っていたら、もう夏。ここまでがあっという間すぎて、本当に同じ1年なの?という感覚です」

恩師の一言をきっかけに。バレーボールに熱中した小学生時代
屈託ない笑顔で振り返る今へとつながる最初の分岐点は、バレーボールを始めて間もない小学生の頃。5年生の時、北海道選抜の選考を兼ねた合宿時に指導に携わった恩師からのひと言だった。
「季璃は頑張れば、中学、高校でも北海道選抜に選ばれるような選手になれるよ」
バレーボールを始めたのは小学3年生。地元の北海道・別海町はスピードスケートが盛んな町で、笠井も幼い頃は「競技用のスラップスケートが欲しかった」というほど、スケートに熱中した時代もあったが、運動能力が高いだけでなく、高身長。バレーボール好きだった両親の勧めもあり、バレーボールに転向した。スケートほどバレーボールが盛んではなかったこともあり、試合に出ればエースとして無双し、大半の得点をたたき出す。当時からエースの片鱗を見せていたが、だからといってずば抜けた選手だったわけではない。
そんな笠井の胸に「北海道選抜になれる」という言葉は響いた。練習を終え、母が運転する車の中で「嬉しくて号泣した」と明かす、一生忘れないひと言が、より一層バレーボールに熱中させた。
U18日本代表主将としての葛藤と、決意した世界への挑戦
夢を夢のままで終わらせるのではなく、中学時には北海道選抜に選ばれ、全国大会にも出場を果たす。卒業後は旭川実業高校に進学し、2年時にはU18日本代表にも選出された。しかもチームの主将も務めた経歴だけを見れば、世代を代表する選手だった証のようにも見えるが、笠井自身が「全然違う」と笑いながら否定する。
「周りを見れば金蘭会、下北沢成徳、八王子実践。年下ばかりだし、みんなが知っている強豪校の選手の中にポツンと旭川実業の笠井、誰?って感じだったし、ヘタクソでしたから(笑)。でも、だからこそ自分はこの人たちの倍、頑張ろうと思ったし、バレーのスキルだけじゃないところでもアピールできる要素はあると思った。練習の時も誰より声を出したり、給水の時もダラダラするんじゃなく走って行く。小さいことかもしれないですけど、自分ができることは一生懸命やった。そういう1つ1つの積み重ねで、周りも“季璃さんってこういう人なんだ”と理解してくれたんだと思います」
U18アジア選手権を制し、翌年はU19世界選手権への出場権を獲得した。一気に世界へと広がる大きなチャンスではあったが、1つ、笠井を悩ませたのが同時期にインターハイが開催されること。しかも開催地は地元、北海道だった。開催が決まった時から「地元のチームを強化しよう」と多くの人たちが携わってきたことを知っている。U19日本代表の主将であるだけでなく、旭川実業高校でも主将を務め、チームにとっては欠かせぬ大エースだ。
悩んだ末に「アンダー(日本代表)は行かず、インターハイに出ます」という笠井を説得したのが、旭川実業高校を率いる岡本祐子監督だった。
「あなたは世界へ行きなさい」
高校で日本一を目標に掲げ、中にはアンダーカテゴリー日本代表に選出されても辞退する高校もある中、岡本監督は「学生時代だけがすべてではない」と視野をさらに先へと向けていた。笠井の将来に向け「絶対にプラスになるから」と監督やチームメイトに背を押され、自らはU19世界選手権へ出場。旭川実業高は予選リーグでの敗者復活を経て1回戦で敗退したが、笠井が戻ると選手たちは悲壮感どころかむしろ自信に満ちていた。
「予選リーグで強豪の都市大塩尻と対戦して、負けてしまったんですけど、“季璃抜きでも19点取れた”って。3年間を振り返って、いい結果を出せたのは一度だけなんですけど、その一度が最後に来ました」

髪型もプレーも自分たちで決める。豊かな個性が31年ぶりの快挙へ
迎えた、最後の春高。2回戦から登場した旭川実業高校は大エースの笠井を中心に勝ち進み、準々決勝ではインターハイで敗れた都市大塩尻にフルセットの末に雪辱を果たした。高校生にとって最も重要な大会を同日に2試合行うダブルヘッダーに加え、連戦が続く過酷な状況で「身体はボロボロだった」というように、準決勝は下北沢成徳に敗れた。だが、強豪校が集まる全国大会で、チーム全員が同じ髪型、へたをすれば同じフォームで打つ、といったように個性が封じられがちな高校女子バレー界。31年ぶりに3位と大躍進を遂げた旭川実業高校は大エースの笠井はもちろん、肩につくセミロングのヘアスタイルの選手もいる豊かな個性も重なり、大会を大いに盛り上げた。
「私たちの代は、自分たちで新しい形をつくる、という選手が集まっていたので、髪型もプレーも自分たちで決めて、行動して結果を出そう、とやってきたんです。それが少しでも結果につながっていたり、見てくれた人の記憶に残っていたら嬉しいし、今の日本代表を見ているとピアスをしたり、ネイルやメイクをしていて、すごくかわいいし、カッコいいじゃないですか。ああいう姿を見て、いいな、と思う人も多いだろうし、プレーはもちろんですけど見た目も憧れられる存在であるのは大事だな、って思うし、みんなが同じである必要はない。自分は好きだからショートにしているわけだし、長くしたい子はすればいい。髪の長さで勝敗は変わらないですから」
選手として“個性”は大きな武器になる。少しでも多くの人にバレーボールを、アリーザ愛知を知ってもらうために。SVリーグの選手になった今、さまざまな活動を通して笠井はより一層実感しているという。
「たとえばバレー教室も、自分たちからすれば何回もある中の1回かもしれないですけど、参加してくれた子どもたちにとってはすごく貴重な1回、初めての体験じゃないですか。私も小学生の頃にノブコフ(齋藤信治・元日本代表)さんがバレーボール教室に来てくれて、ハイタッチしただけですごく嬉しかったし、そういう経験は一生忘れない。だから私も初めての1回を楽しませたいと思って全力で接しています」
小学生の頃、ゴールデンタイムで生中継される日本代表の試合を家族で見ながら“ニッポンチャチャチャ”に合わせて応援したのも楽しく、幸せな記憶として残っている。幼い頃はバレーといえば日本代表か春高バレーで、Vリーグはほとんど見たことがなかったが、自身が中高生の頃から石川祐希選手に憧れ、毎日のように 対人動画※を見てきた。そして今は、自分が誰かの憧れになる立場にいる。特に昨季は、試合を重ねるごとに人が増えていくスタンドを見て、SVリーグへの注目度の高さを肌で感じた。
※【対人動画(たいじんどうが)】:2人1組でスパイクやレシーブを交互に打ち合う基礎練習(対人パス)の様子のこと。
「ホームゲームで人が増えていくのを感じられるのも嬉しかったんですけど、一番すごかったのは(チャンピオンシップ)クォーターファイナルのPFU(ブルーキャッツかほく)戦。相手のホームなので私たちを応援してくれるクインシーズ(当時)のファンの方は100人ぐらいしかいなかったんですけど、それでもコートにいる自分たちにもしっかり聞こえるぐらい、公式練習の声からものすごい声量で応援してくれた。負けてしまったんですけど、あの声援には感動しました」
新たなチーム名で迎えるシーズンだからこそ、応援してくれる人たち、支えてくれる人たち、そしてこれまでの“クインシーズ”を築き上げてくれた人たち。たくさんの人たちがいるからこそ、自分たちが今、ここで戦える喜びも実感している。
「OGの方からも今まで勝てなかった時代や苦しかった頃の話を聞いて『このチーム名がなくなってしまうのは悲しいけれど、これからも変わらず応援する』と言っていただいてすごく嬉しかったんです。チームの名前が変わっても、今まで引き継がれてきた熱さは変えず、最後まで100パーセントのプレーをするのは変えたくないし、変わらない。これからは自分たち後輩が引き継いでいかなきゃいけないと思っています」

地域に愛される選手へ。勝負を楽しみながら日本一を。
目指すのは、地域から愛されるチームになること。そして、愛される選手であり続けること。バレーボールが好きな人たちの数を増やすためには、まず身近な場所から応援される選手でありたい。そう言って、笠井は目を輝かせる。
「街を歩いていたら『アリーザ愛知、頑張ってね』と気軽に声をかけてもらえるような存在でありたいし、自分たちのバレーボールを見て『頑張ろう』と思ってもらえるように、一緒に頑張る。共に歩んでいきたいので、ゼロから1にするのはすごく難しいことですけど、その第一歩を刻んでいきたい。バレーボールっていろいろな楽しみ方があって、見ている方々は緊迫した場面でハラハラドキドキすると思うんですけど、選手はそういう場面こそワクワクしているので、勝負を楽しんでいる姿も見てほしいですね。たとえ23対24で負けていたとしても『この1点を獲れば勝てる』と信じているから、ふとした瞬間に笑顔も出る。そういう表情を見て『どうしてこんな表情ができるんだろう』と思ってもらえたら嬉しい。個人的には、日本一になった経験がないので、ファイナルのコートでばんばん点を取って、勝利に貢献して、アリーザ愛知として日本一をつかみたいです」
コートで見せる笠井のスパイク、プレーには華がある。1点をつかみ取った笑顔とガッツポーズ、見ればきっと、魅了されるに違いない。

Text by Yuko Tanaka
Photograph by Kohei Komatsu
